食事療法について
まずはじめに、「食事療法」と聞いてどのようなことを思い浮かべますか?おそらく、多くの方が「今まで大好きだったあれもこれも食べられなくなってしまう」というように、「食事療法=食事の制限」という印象を強く持っているのではないでしょうか。
病態を改善したり、病気の進行を遅らせたりするためには、時として厳しい食事制限が必要です。しかし、多くの方にとって「食事の管理」を強いられることには抵抗があると思います。
実際に外来で医師から「食べ過ぎていませんか?」「塩分を取りすぎです」「タンパク質を増やしましょう」と言われても、「エネルギー量は気にして食品表示を見ているけれど、何が食べ過ぎなの?」「減塩と言われても何から始めればいいの?」「タンパク質って何を摂取すればいいの?」といった疑問を抱く方が多いでしょう。
どのような食事療法が必要かは、現在抱えている病気や治療目標、体格、活動量によって異なります。医師としっかり相談しましょう。また、栄養士は食のプロフェッショナルです。インターネットで調べても、正しい情報かどうか迷うことが多いと思います。実際に行っている食事が正しいのか、これは食べていいのか、どのような調理法が合うのかなど、栄養指導を通じて専門的なアドバイスを受けましょう。
当クリニックでは、食事療法に取り組む際、患者さんの食事に対する価値観を確認し、寄り添った医療を目指しています。注意していただきたいのは、厳格な食事管理を続けることで「食事=栄養補給」と捉えてしまい、食の喜びを忘れてしまうことがあるという点です。食事の団らんの時間や、季節や地域の産物を楽しむこと、年中行事も大切にしましょう。
栄養指導について
栄養指導とは、特定の健康状態や疾患に応じて、適切な食事のアドバイスを提供するプロセスです。医師の指示のもと、管理栄養士が患者さんに個別の食事指導を行い、特に生活習慣病や慢性疾患(例:CKD、糖尿病)の治療・管理において重要な役割を果たします。食事制限が必要な場合、食材の選び方、摂取量、調理法、食事のタイミングなどをアドバイスし、患者さんが日常の食生活を無理なく改善できるようサポートします。
栄養指導は医療現場で実施され、医師の診察が必須です。一方、栄養カウンセリングは、より幅広い栄養や生活習慣全般に関するサポートを行い、食事の改善だけでなく、運動やストレス管理など、健康的な生活を自分で選び取る力を高めることに重点を置きます。
当院では、医師と管理栄養士の連携により、患者さん個々の健康状態に合わせた栄養指導を実施しています。適切な食事療法を通じて、より良い健康管理をお手伝いします。
なぜCKD患者さんはタンパク質の摂取制限を行うの?
過剰なタンパク質の摂取は、腎臓にある糸球体を過剰に働かせる「糸球体過剰濾過」を引き起こし、腎臓の処理能力を超える負担をかけることになります。また、CKD(慢性腎臓病)患者さんでは、タンパク質の代謝産物が尿毒症物質として体内に蓄積する可能性があります。一方で、タンパク質の摂取を減らすと、糸球体の過剰濾過を軽減し、腎臓の負担を減らすことができます。これは、「一定数の腎臓で働いている従業員が減った状態」=「CKD患者さん」にとっては好都合です。さらに、進行したCKD患者さんでは、尿毒症物質の蓄積が抑制され、透析の開始を遅らせる可能性があります。そのため、CKD患者さんにはタンパク質の摂取制限が行われることがあります。
タンパク質の摂取制限の問題点
一般的に、CKDの進行を抑えるためにタンパク質の摂取制限が推奨されていますが、CKD患者さんの中には、タンパク質の摂取制限を控えた方が良い場合や課題が存在します。
まず、エネルギー摂取量が十分に確保できない場合、異化亢進と呼ばれる現象が生じます。これは、自身の体蛋白が破壊され、その代謝産物が体内に蓄積してしまう可能性を意味します。この現象は、筋肉量の低下を引き起こし、サルコペニアやフレイルを助長する可能性もあります。そのため、タンパク質の摂取制限を始める前に、十分なエネルギー摂取ができているか確認する必要があります。
タンパク質の摂取制限による腎臓の保護作用は、糸球体過剰濾過を抑える効果によるものと考えられています。しかし、腎臓での過剰濾過が高度でない場合には、タンパク質の摂取制限が効果的でない方もいます。また、CKDの基準に当てはまるものの、腎機能障害の進行が非常に緩やかである場合、タンパク質の摂取制限が不要と判断されることもあります。この判断には、尿中の蛋白漏出の程度やCre(クレアチニン)の時系列推移などが考慮されます。
さらに、タンパク質の摂取制限には家族の協力が不可欠です。家族の献立に影響が出たり、タンパク質を制限した宅配食や低タンパク米などの費用負担がかかることがあります。これらの食品は、味が好ましくない場合も多く、食事の楽しみが減少したり、家族と異なるものを食べることによるストレスが生じることも少なくありません。適切なエネルギーを確保するために献立を考えるのも労力が必要で、タンパク質の摂取制限を長期的に続けるには課題が多いのが現状です。
このように、タンパク質の摂取制限によって「得られる効果<悪影響」となる場合も多くあります。そのため、タンパク質の摂取制限は、医師の指導のもとで行うようにしましょう。
カリウム過剰摂取の制限とは?
腎臓の機能が低下すると、尿から排泄される電解質にも影響が出ます。特に「カリウム」といったミネラルは、腎機能障害が進行するほど尿からの排泄が低下します。カリウムが体内に蓄積すると高カリウム血症を引き起こし、不整脈や脱力を招き、最悪の場合には命に関わることもあります。そのため、過剰なカリウム摂取は控えるべきですが、必ずしもカリウムが多く含まれる食べ物を完全に避けなければならないわけではありません。
カリウムは水やお湯に溶けやすいため、野菜などを小さく切って流水にさらしたり、湯でこぼしたりすることで、カリウムを減らすことができます。一方で、カリウムには血圧を下げる効果や、カリウムを含む食べ物には食物繊維が多く、便通を良くする効果もあります。不適切なカリウム制限を行うと、便秘になり、排便が阻害されることで逆にカリウムが体内に蓄積してしまうケースもあります。
「採血でカリウムが高いと言われたが、原因がわからない」ということがよくあります。そんな時は、管理栄養士に相談しましょう。以下のように原因が判明することもあります。
- 「トマトなどの野菜はダメと聞いていましたが、トマトジュースもダメだとは思いませんでした」
- 「夏バテ予防にレバーを多く食べていたのが原因だったんですね」
- 「水分はお茶や水を飲むように言われていましたが、玉露のお茶には多くのカリウムが含まれているんですね」
- 「芋に多くのカリウムが含まれているとは知りませんでした」
CKD患者さんにも減塩は必要なの?
血圧が高い場合、まず減塩が必要だと指摘されることがありますが、CKDの場合にも減塩が重要です。腎臓は尿を通じて塩分を排泄する役割を担っていますが、腎機能が低下すると体内に塩分が蓄積しやすくなります。塩分は水分とともに体内に溜まるため、血圧が上昇したり、足に浮腫が出たりします。重症の場合は肺に水が貯留し、心臓に負担をかけて心不全を引き起こすこともあります。
しかし、塩分は食事の味に大きな影響を与えるため、今まで好きだった食べ物が急に塩分の少ない薄味に変わると、おいしくないと感じて食欲が低下し、エネルギーを十分に摂取できなくなることがよくあります。酸味やだし、スパイスなどをうまく利用して、薄味をカバーする工夫が必要です。
CKD患者さんの食事の制限例
現状、CKD患者さんに対して画一的な食事制限は推奨されていません。一人ひとりの体格、栄養状態、検査データ、および治療の目的に応じて、個別化された対応が必要です。管理栄養士と連携しながら、食事内容や食事量について相談し、最適な食事療法を進めていきましょう。
糖尿病患者さんの食事療法
2型糖尿病の食事療法は、以下の目的を持っています:
- インスリン分泌不全の状態を補う
- 肥満の解消
- 高血糖以外の生活習慣病態の是正
エネルギー摂取量の設定
総エネルギー摂取量は、目標とする体重や日常の活動量によって設定されます。
総エネルギー摂取量(kcal/日)=目標体重(㎏)×エネルギー係数(kcal/kg)
目標体重の設定
- 65歳未満:[身長(m)]²× 22
- 65歳から74歳:[身長(m)]²× 22~25
- 75歳以上:[身長(m)]²× 22~25
身体活動レベルとエネルギー係数
- 軽い労作(大部分が座位の静的活動):25~30
- 普通の労作(座位中心だが通勤・家事、軽い運動を含む):30~35
- 重い労作(力仕事、活発な運動習慣がある):35~
柔軟な目標設定
総エネルギー摂取量は、目標体重や日常の活動量に基づいて設定されますが、以下の要素も考慮する必要があります:
- 合併症の程度
- 脂肪と筋肉のバランス(体組成)
筋肉量が少なく体脂肪率が高い場合、基礎代謝が低下するため、エネルギー消費量が想定より少ないかもしれません。また、筋肉量を増やして基礎代謝をアップさせることでエネルギー消費がしやすくなります。これにより、食事療法と運動療法をセットで考えることが重要です。
エネルギー栄養素の比率
一般的に推奨されるエネルギー栄養素の比率は以下の通りです。
- 炭水化物:50~65%
- タンパク質:13~20%
- 脂肪:20~30%
病状に応じた調整
2型糖尿病の食事療法には明確なエネルギー栄養素比率の設定がない理由は、以下の合併症による制限があるからです。
- 慢性腎臓病:タンパク質の摂取制限が必要な場合がある
- 動脈硬化症や肥満症:炭水化物と脂質の摂取制限が必要な場合がある
これらの病気に関する学会から推奨される基準がありますが、すべての推奨を満たす食事制限は困難です。エネルギー栄養素の比率は、必要最低限のエネルギー量を確保しつつ、個人の好みや地域の食文化を配慮して「バランス」を心がけるべきです。また、「制限」だけでなく、不足している栄養素を「補う」ことも重要です。
医師や栄養士と相談して、適切な食事療法を実施しましょう。
栄養素とは
栄養は、私たちの体にエネルギーを供給し、成長や健康を維持するために必要不可欠です。エネルギー源となる三大栄養素は、糖質、脂質、タンパク質であり、これに加え代謝に重要なミネラルとビタミンを合わせて「五大栄養素」と呼ばれます。糖質、脂質、タンパク質、ミネラル、ビタミンの五大栄養素と食物繊維は、どれも私たちの体にとって重要な役割を果たします。特に、エネルギー供給源としてのバランスや、各栄養素の特定の機能を理解し、適切に摂取することが健康の維持に欠かせません。日常の食事でこれらを意識し、バランスよく取り入れることで、健康な生活を送ることができます。
糖質(炭水化物)
糖質は、体を動かすための主要なエネルギー源です。食事から摂取された糖質は体内でブドウ糖に変わり、脳や筋肉にエネルギーを供給します。米、パン、パスタ、果物、野菜などに多く含まれます。糖質が過剰に摂取された場合、体は余剰分をエネルギーとして即座に使用するわけではなく、グリコーゲンとして肝臓や筋肉に一時的に貯蔵されます。しかし、それでも余ると、脂肪(中性脂肪)に変換され、体内に蓄積されます。バランスの良い糖質摂取が必要です。
脂質
脂質も重要なエネルギー源で、糖質よりも多くのエネルギーを提供します。また、脂質は細胞膜やホルモンの構成成分としても重要です。特に魚(青魚)やナッツ、オリーブオイルに含まれる良質な脂質は、心臓や血管の健康を保つ効果があります。一方、飽和脂肪やトランス脂肪を摂取しすぎると、動脈硬化などのリスクが高まるため、控えることが推奨されます。
タンパク質
タンパク質は、筋肉や内臓、皮膚、髪など、体の構造を作る栄養素です。また、酵素やホルモンの生成、免疫力の維持にも関わります。タンパク質を多く含む食品には、肉、魚、豆、卵、乳製品などがありますが、タンパク質を摂りすぎても筋肉が増えるわけではありません。必要以上に摂取されたタンパク質は、エネルギー源として使われることがあり、特に糖質や脂質からのエネルギー供給が不足した際には、タンパク質がエネルギーに使われやすくなります。適量を意識することが大切です。
ミネラル
ミネラルは、酸素、炭素、水素、窒素を除く元素の総称で、体の機能を調節し、骨や歯の形成、血液の生成など多岐にわたる役割を果たします。カルシウムは骨や歯の構成成分であり、鉄は赤血球の生成に必要です。ミネラルは体内で合成できないため、食事から十分に摂取する必要があります。ミネラルが不足すると、体内のバランスが崩れ、健康に影響を与える可能性があります。
ビタミン
ビタミンは体の代謝を助け、健康を維持するために不可欠な栄養素です。ビタミンAは視力の維持に役立ち、ビタミンCは免疫力を高め、ビタミンDはカルシウムの吸収を助けます。ビタミンは微量でありながら体内の多くのプロセスを円滑に進めるために不可欠なため、毎日の食事で欠かさず摂取する必要があります。ビタミンの不足は、体の様々な不調や病気につながる可能性があるため、特に注意が必要です。
食物繊維
食物繊維は、炭水化物の一種であり、化学構造上は多糖類の仲間に入りますが、消化酵素では分解されないため、エネルギー源にはなりません。とはいえ、腸内環境を整え、便通を促進し、血糖値の上昇を抑えるなど多くの健康効果があります。食物繊維は野菜、果物、豆類、全粒穀物などに豊富に含まれており、特に便秘予防や腸内フローラのバランスを保つために役立ちます。